*** yet to be translated ***
毎晩遅くまで詰めても、ふだんの生活週間から、どうしても朝早く起きてしまう。
午前中はゆっくり休んで疲れを取り、少し街を散歩して、劇場に向かいました。
昼食後、皆で黙々と300kg分の紙吹雪を片付けました。
乳液に加える香料として、モス・パフュームを試作。
パフュームというより、モス・アコードを作るといったていどですが。
(ここでフランスの調香師学校で習ったことが役立つとは思ってもみませんでした。)
パレットは、アイスランド・モス、オーク・モス、杉苔、白檀。
少しずつ加えながら、匂いの色相の変化を見ます。
モス・アコード:- alcohol 5.00ml
- oak moss 0.25ml
- iceland moss 0.75ml(自製エキストラクト)
- 杉苔 0.50ml(自製エキストラクト)
- 白檀 1滴
そして、本番用の乳液の制作。
リハーサルで使われた乳液にもうすこしテキスチャーが欲しい、
との要望がパフォーマーからあったので、
本番用にはジェル化剤を大目に入れてみました。
乳液 4 (本番用)- Iceland Moss 煮出し汁 200ml
- アーモンド油(精製) 45ml
- 乳化剤Tegomuls 小さじ3
- ジェル化剤(キサンタンガム)2包
香料
- Iceland Moss 5ml(自製エキストラクト)
- Oak Moss 2.5ml
- 杉苔 4ml(自製エキストラクト)
- 白檀オイル 8滴
- 檜オイル 3滴
オーク・モスは、注文したのが前日に届いたばかり。
これは現代のフランス系の香水にはよく使われる素材のひとつで、
他の匂いを長持ちさせたり引き立たせたりする役割がありつつ、
今回の主題が「モス」なので、その主役としても活躍できるはず。
(実はアイスランド・モスと同様、シダ類なのですけどね。)
隠し味として選んだのは、白檀と檜でした。
白檀は暖かくウッディなので、モスとは相性が良いはず。
檜は立ち上がりがカンファー、時間が経つとウッディなので、
トップ/ミドル/ベースと活躍し続けてくれるはず。
唯一のトップノートとなるので、前面に出過ぎないように、ほんのわずかのみ。
やはり隠し味があった方が、主役のモスが引き立つようです。
料理と同じですね。
人間の嗅覚には、それだけの深みに付き合う力があるということでしょうか。
いよいよ始まった。4時間のパフォーマンス。
空間内にはお客さんは自由に出入りしてよいことになっていますが、
最上階にあるため、例によって防災対策で、下の階で人の流れを制限しているようです。
なのでここにたどり着くお客さんは、並んで待ったご苦労様な方々。
その甲斐あったと思っていただきたいものです。
モスの薫香を1時間前に点けておき、万全な準備はしたはずなのですが、
スタート時になっても、どうしても匂いが充満しません。
匂いも音と同じで、お客さんがあるていど吸収してしまう点はあるのですが。
それを差し引いても、おかしい。
原因はなんと、入口に充満していたガムテープの匂いにありました。
じつは火災防止のために注文をつけられた点のひとつ、
入口の敷居を紙から黒布に急遽交換したため、
開演の直前に使われたガムテープ。
かなり揮発性の高い匂いのようで、あれこれ試してみましたが、
それを消すような匂いを出すことはできず。
試しに敷居付近にディフューザーを置いてみようかとも考えたのですが、
そこには消火栓がドーンと構えているほどの「防災対策」ぶりなので、
その横に火をわざわざ置くのも、気が引けて。(^^;)
ところがしばらく観察していると、
私のテーブルの周りからは常に人影が消えることはなく、
ガムテープ匂いで充満していた向こう半分の空間にはあまり人が居座ることがないのに気づきました。
私の目の前に座っている人たちはたいてい長時間居座り、
空間で行なわれているパフォーマンスにじっと見入ってました。
もちろん中には「魔女の実験室」を興味深く眺めるもいましたが、
それを観るために居座ったとは思えませんでした。
こちら側の空間がなにか居心地いい雰囲気を醸し出していたのだとしたら、
お客さんはいい匂いについ引き寄せられてしまった・・・ということもあるかもしれません。
予定はしてなかったのですが、
ガムテの匂いに対抗しようと苦戦していたときに、
モス系の香りの他にも檜などのウッディ系の香りを時間をおいて焚いていたのです。
それが混ざり合ったり独立したりして、
結果的には鼻にいい効果があったのかもしれません。
パフォーマーも、途中匂いが変わったのに気づいたとのことなので、
鼻をリフレッシュする効果があったのでしょう。
私の隣のテーブルでは、緑茶と緑茶クッキーがお客さんに振る舞われていました。
「お茶はいかがですか?」と言われるとお客さんもつい、
「喜んで」となるわけですが、
さて飲んだ後にふと「はたしてこれは何のお茶だったのだろう」と疑問に思うらしく、
出口のところで質問する人が後を絶えなかったとか。
もちろんお客さんは、お茶コーナーの隣で「緑のモノ」で「何か」をしている「怪しげな魔女」を見ているわけですから、その魔女がお茶を作っていたと勘違いしたのかもしれません。
「まさか、苔のお茶?!」と聞いてくる人もたくさんいたし、
「ほうれん草の味がする」とか「野菜の味がする」と言う人が現れると「あら、ほんとね」と頷く人もいて・・・
それほど舌は目に騙されるのでしょうか。
結果的にこういった惑わせる効果のある面白みのある舞台装置となったようです。
(お茶コーナーでせっせと食器洗いするハイネ)
いずれにせよ、お客さんにインタビューしたわけではないですし、ひとりひとりの受け取り方、感じ方もずいぶん違うと思います。
でもこういった深みのあるレイヤーを作り込むことにより、パーソナルな楽しみ方をひとりひとりに提供することがこの作品の目的のひとつだったはずです。
その点はうまくいっていたように思いました。
特定の時刻にスタートし、観客席に座ってみんな同時にステージのパフォーマンスを観るといった従来のパフォーマンスとは、プロトコルがずいぶん異なります。
なので、そのプロトコルのデザイン作りから始めるので、一大事業です。
私のバックグラウンドであるメディア・アートの世界の言葉でいえば、「インタラクティブな空間インスタレーション」。
これまでわりと別世界だと思っていたパフォーミング・アーツの世界に、スーッと一本の糸が通りました。
(パフォ−マンス、無事終了)
パフォーマンスの間に乳液を作るのも、わたしの舞台装置の一部としての役割でした。
役者としての演技ではなく、ほんものの作業です。
調香もしました。
当然、人々は「いったい何してるの?」と興味津々。
ここゲントではフラマン語が使われていて、ほとんどオランダ語と同じ言語。
聞き取れた限りでは、人々は楽しそうにconfusedしていたようでした。
この作品を生み出したハイネは、技術回りなどをテクニシャンと共に一緒に作っていく姿勢を持ち、そういう彼の謙虚で寛容な姿勢はプロジェクト全体の雰囲気を大きく左右していたと思います。
仕事していてみんな楽しそうでした。
彼自身、とても匂いのことなど気遣う余裕もなかったのか、それとも私を信頼して任せ切ってくれたのか、
自由にやらせてくれ、とても有り難かったです。
しかし・・・
空間を匂わせるということ、一筋縄ではいかないという点、ひとつ学びました。
お客さんの鼻にかなり幅の広い個人差があり、それが体験を大きく左右する点は重々承知していましたが、
舞台装置の発する匂いと、空間の空気の流れ、お客さんが吸収してしまう匂い、そしてお客さんがつけてきた香水や、お客さん自身のありとあらゆる体臭(^^;)のことも念頭に置かねばならない。
今後ぜひ経験を積んでいきたい分野です。
そうそう、それで肝心の乳液とその香りですが。
一晩寝た翌朝、目が覚めると同時に、手からモスの匂いがするのに気づきました。
成功です。